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プロ野球独立リーグBCリーグ、富山サンダーバーズ・鈴木康友監督(48)が来季も指揮を執ることが23日、分かった。最後まで優勝争いに絡んだ指導力に加え、ファンの支持も絶大であることを球団側は高評価、12月からの交渉で1年契約のオファーを出す。横田久則投手コーチ(40)の留任も同日、明らかになった。また宮地克彦プレーイングコーチ(36)は今月末までNPBからのオファーを待つが、ない場合は富山に残留する意向を示した。
〈横田コーチも留任 宮地コーチは保留月末までNPB待つ〉
富山サンダーバーズ側は鈴木監督に、今季と同程度の待遇で1年契約のオファーを出し12月から本格交渉に入る予定。「監督は戦前は厳しいと言われた戦力をフルに使ってよくあそこまで戦ってくれた。グラウンド外でも、ファンとふれあったり、株主に率先して頭を下げたりとチームの名とポリシーを浸透させてくれた」と富山・永森茂社長(52)は同監督を高く評価した。
指揮官も「富山でやり残したことがある。あと一歩で優勝を逃してファンの人たちに悔しい思いをさせてしまった。お客さんも入って盛り上がったし、来年は優勝して(シーズン前の)約束は守ります」と続投に前向きな姿勢を示した。
富山は終盤失速したものの2位。4県中人口が最少ながら、平均観客数は2005人でリーグ2位。10月6日のホーム・石川戦では8539人のリーグ記録を樹立した。グラウンド内外で鈴木監督の果たした役割は大きかった。
また横田コーチも残留する方向だ。温厚な人柄と日本、台湾両球界での経験を生かした指導で富山投手陣を育成。小園司(25)、大滝紀彦(23)の2枚看板がけがで離脱したあとも、粘り強い投手起用でチームを支えた。「冷静に能力を見極めて適材適所の使い方をしてくれた。選手たちも確実に力を伸ばしている」と永森社長は手腕を評価。「今年は打線におんぶにだっこ。投手が踏ん張って、バッテリーで勝てるチームを目指したい」と横田コーチは意欲を見せた。
リーグ最強打線を作り上げた宮地プレーイングコーチにも留任を要請するが、本人はNPB復帰の望みをかけて11月末まで態度を保留。だがオファーがない場合は富山残留を第一に考える方針だ。
〈平日昼間は清掃作業員〉
7月8日、野原は新潟戦でバックスクリーン直撃弾を含む1試合3本塁打を放った。NPBでもなかなか出ない離れ業だ。「NPBを除けば、打つだけなら日本でNO1」パ・リーグのあるスカウトは言い切った。
国士大では主将を務めながら4年時に恥骨結合炎で1年を棒に振った。3月のチーム合流時の目標はレギュラー入り。だが宮地克彦プレーイングコーチ(36)の指導で打撃開眼した。打率4割1分2厘、本塁打14本で2冠、打点75で2位。大学卒業後に野球をする場所を失いかけていた男の急成長は、リーグの存在価値を大きく肯定するものだった。
打撃だけならNPBでも十分通用すると言われている男は今、ユニホームを作業着に替え、平日は午前9時から午後5時まで富山県内を飛び回る。「会社にもけがなどしないよう配慮はしてもらっていますし、仕事的には楽なことをやらせてもらっているんですけど…。慣れなくて大変ですね」と苦笑い。11月初めからスポンサー企業のオフィスケイで、公園清掃などの仕事をしている。
〈基本給15万 貯金は10万〉
北信越BCでは4月から10月までの7か月間しか野球で給料をもらえない。基本給は月15万円。「オフに備えて貯金したんですが、10万円くらいしかたまりませんでした」。開幕直後、野原のおにぎりの具がマヨネーズだったのは有名な話だが、実は今も車を持っていない。車社会の富山でチームメートに便乗する不自由な生活をしている。
高校や大学では授業が終われば毎日野球をする場所と時間がある。社会人野球の強豪はオフも午後から練習している。NPBは秋季キャンプの真っ最中だ。同じ独立リーグの四国アイランドリーグでは2月から10月まで9か月間、給料が支払われる。野球をする環境としては決して恵まれてはいない。半年間72試合を戦った経験と技術が失われかねない。
そのハンデを克服しようと、野原は仕事を終えるとすぐに練習場所に向かう。チームが借りている室内練習場は午後7時から9時までしか使えない。7時までには屋外でアップを終わらせ、ボールを使う時間を確保している。
〈ハングリー最大の武器〉
「本当は朝から野球をやりたいけど、逆にこれくらいハングリーな方が気合が入ります」と野原は厳しい環境からNPBへの夢を追う。